紙をめぐる話|紙の生まれる風景 No.31
大子那須楮(だいごなすこうぞ) |
凍てつくような寒さのなかで、 みな黙々と働いていた。
関東平野の北端に位置する茨城県久慈郡、 大子町。
古くより和紙の原料である楮の栽培をつづけ、
今と未来へ伝えようとする人々が静かに暮らす山深い町。
ここで育つ楮は高品質の和紙に仕上がるといわれ、
本美濃紙や越前奉書などの名だたる和紙に使われている。
楮蒸しは、 収穫した楮(こうぞ)を
蒸気で柔らかくする工程。
たっぷりと水を張った地中の大釜に火を焚いて蒸発させ、
その上に楮の束を立てて甑(こしき)と呼ばれる
巨大な桶をかぶせる。
釜の火を調節しながら一時間半ほど蒸して甑を上げると、
真っ白な蒸気とともに少しだけふんわりとした楮が
顔を出し、猪も誘われるという甘い香りが
周囲に広がっていく。
数百年に渡って密やかに繰り返されてきた
紙の生まれる風景。
この伝統がいま、存続の危機に瀕しているという――
初出:PAPER'S No.66 2023 秋号
※内容は初出時のまま掲載しています