紙をめぐる話|紙について話そう。 No.37
深津貴之
インタラクションデザイナー
鈴木康広
 アーティスト

まったく異なるように思える領域で
ものごとをつくり続けるおふたりですが、
どうやら根っこには通底するものがあり、
見つめている先には
同じ山頂があるのでは?
そんなことが感じられる対談です。

2024年8月28日

初出:PAPER'S No.68 2025 冬号

深津貴之・鈴木康広

深津 最近、すごく引きこもりで。あまり外に出ないんですよ。
鈴木 じゃあ今日、ここに出て来ることができて良かったですね(笑)。
深津 そうですね(笑)。でも昔はもっとリアルな世界の住人だったんです。学生時代の留学先のセントマーチン大学ではプロダクトデザインが専攻で、旋盤などもしていました。デジタルの世界に向かったきっかけはロンドンの物価。材料費が高くて高くて。プラスチックの小さなキャストを買うだけで数千円もするので、アクリル工場で端材を分けてもらったりしていました。電気代を払うのも大変なくらいの生活だったので、とてもやっていけない。でもインターネットは全部タダでしょう。やっぱり素晴らしいなと。留学前にいた日本の大学ではインターネットを専攻していたので、出戻りしたという感じですね。
鈴木 僕は逆に、材料だけは惜しみなく買うと決めていましたね。何かを作りたいと思ったときに材料が手元にないとだめなのと、現場に行くと買っておけば良かったと後悔するので。でも、感覚としては僕も深津さんも一緒なのかもしれないですね。プログラミングができればデジタルの世界では大抵のことができると考えると、それは現実の世界ではいつでも手元に材料があるのと同じとも言えますから。

金属の打ち方から、デジタルを学ぶ。

鈴木 人間は身体を持っているので、最終的にはそこに返ってくるのではないかと考えているのですが、発想や情報との関係性でいうと僕はデジタルから影響を受けています。世の中がデジタル化されたことによって、それまでの情報化されていない世界が新鮮に感じられるようになった。たとえばグラフィックのソフトにあるレイヤーという機能も瞬時に自分の感覚に憑依して、現実をレイヤーとして捉えられるようになっていったりする。感覚と認識の間に何かが挟まれて、それがもう一度、現実のものづくりに返ってくるような感じがあります。
深津 僕はこれまで、物理空間の気持ちよさをいかにデジタルに取り込むか、物理空間の出来事の雑味をいかに取り除いてデジタルの抽象空間に取り込むかを実験してきました。たとえばマウスの動きやボタンを押したときの反応なども物理計算のばね定数や引力を使ってどう動きを再現するかを考えたり、大量のものをうじゃうじゃ動かすために動物の行動パターンを取り込んだり。ただし、物理空間をそのまま再現するのは複雑すぎるので、できるだけ純化してコアな部分だけを取り出してデジタルで処理できるようにする。その条件の中でいかに複雑な動きを演出するか。
鈴木 なるほど、そうやって考えるんですね。コンピュータで仕組みを作る人って何を言っているのかぜんぜん分からなかったりしますが、物理的な現象から出発するんですね。
深津 そうなんです。金属工芸を習っていたとき、先生から「手の力で叩いてはいけない」と教わったことがあります。きれいな器を作るには、常に同じ強さで金属を打ち続けないといけないので、手の力で打つと体調や気分で不安定になる。だから同じ高さに手を上げて、重力で落として打つと何万回でも同じ力になる。そんなふうに自然の法則に従えば、人間でも物理世界と調和できることを学びました。そしてそれはプログラミングと物理世界のつながりに応用できる。同じ高さから落とせば同じパワーが保証されるということは、高さを変える仕組みがあれば、叩くものやばら撒くものの落下地点が変わるということでもある。あるいは、何かを紐に結んでぐるぐるまわして、そこに高さを少しずつ変化させる仕組みを取り入れると、どんどんカオスな模様ができるだろうか、とか。リアルの世界で写経のような行為を続けていると、物理法則ってこうなのか、手触りってこういうことかと発見できることが稀にあるんです。
鈴木 地球の引力で作るって、いちばん安上がりですね。手を持ち上げるときにちょっと力がいる気がしますが、もしかしたら当てたときの反発力で腕が上がっているのかもしれない。そうすると力をほとんど使っていないわけですよね。それにしても深津さんって、もっと数字の人なのかと思っていましたが、根っこの部分は物理の人だったんですね。
深津 そうですね。物理も数字ではあるんですけどね。

 

目に見えない記憶を再現する紙。

鈴木 これは2004年の竹尾ペーパーショウ「HAPTIC」で制作した「木の葉の座布団」という作品なのですが、どうやって作ったと思いますか?当時のものとはまた別物になってもいて。
深津 うーん、石膏で型取りするとか?
鈴木 桜の葉の葉脈をシリコンで型取りしています。水で濡らした紙をシリコンの型に置いてスーパーボールでごろごろしてエンボスすると、産毛とか、顕微鏡でしか見えない細部とか、いわゆる印刷技術としてのエンボスでは採取できないミクロな部分まで写し取れるんですよ。そして竹尾ペーパーショウの後、この作品を箱根の彫刻の森美術館でも展示しました。展示した空間には切り株の中に水を落とす作品のために冷水を撒く装置を空中に張り巡らせていたのですが、どうやら地面に落ちた水滴の跳ね上がりが霧状のスプレーのように紙の木の葉にかかっていたようなんです。そのままの状況で半年が経ったとき、紙の葉の表にも裏にも、ものすごく解像度の高い葉脈が浮かび上がっていました。普通のエンボスではここまで微細に出ないので、「何これ、やばい!」と鳥肌が立って。理由を知りたくて自分で濡らしてみても、同じようにはならないんですよ。地面にぴちゃんって弾けたときの水って、きっとものすごく細かいんですよね。
深津 とてもおもしろいですね。僕だったら自然の形とは違うメッシュのような模様を作って、霧吹きをかけて、どうねじれるかを観察するかも。法則を見つけるなら粗い方が分かりやすいですから。でも、抽象的なシミュレーションだから実際のものとは違ってきちゃいますね。
鈴木 結局理由は分かっていないのですが、自然界では当たり前の現象なのかもしれないです。そしてこういう実物の型取りの再現って、今のデジタル出力技術ではできないんですよね。
深津 3Dプリンタでは産毛までは再現できないですからね。
鈴木 これも情報だと思うんですよ。型取りした葉っぱの木はかなり老木で、その時代の葉脈の記録が浮かび上がっている。そしてエンボスに使ったスーパーボールも黄ばんでくる。シリコンの型も朽ちてくる。そこに、ものである、紙である意味があるというか。
深津 すごく雑に言うと、デジタルは抽象的なものを抽象的なまま固定するもの、紙は抽象的なものを具象的に固定するものというイメージを僕は持っていて、まさに後者ですよね。
鈴木 「鈴木さんが展示するものって、なんで白なんですか?」と聞かれることがあります。「葉っぱに色を付けた方がいい」という人もたくさんいて。基本的には素材をそのままの状態で使いたいのが理由で、はっきりとは答えられなかったのですが、「白にすることで人によって見える色や景色が変わる」と気づいて心が落ち着いたんです。たとえば「まばたきの葉」という作品では、白い葉に「目」が印刷されているのですが、上から舞い落ちる様子が冬だと雪に見えるんですよね。そうしたらある日、「韓国語で雪と目は同じヌンという言葉だ」と指摘を受けて、驚きました。白い紙のまぶしさに、人が自然から引き出した言葉の痕跡が刻まれているんじゃないかと思ったんです。白は、まぶしさや優しさを人に与える色なのかもしれなくて、そこにはすべての色、あらゆるものが含まれているんじゃないか。そういうものに触れられるというのは、よろこびそのものなのかなと。

粘土、レゴブロック、そして紙。

深津 「木の葉の座布団」の話を聞きながら脱線したことを思っていたのですが、僕は紙をガーっとパルプ状のどろどろにする工程が好きなんですけど、パルプ状の紙とシリコンを混ぜ合わせたマテリアルってあるのでしょうか。
鈴木 僕らが使っているレベルでは、シリコンって基本的に混ざらないんですよね。だから細密な型取りができるわけで。
深津 ただ、どろどろにしたら混ざるんじゃないかと思うんですよね。FRPのシリコン版みたいな。
鈴木 なるほど……それはまだやる意味がないから誰もやっていないのかもしれないですね(笑)。
深津 繊維の質感でぶよぶよしたブロックみたいなものができるのでは?と唐突に思ったんです。そういうよくわからないマテリアルを作るのが好きなので。
鈴木 材料費が掛かりそうですね。まあ、今だったら大丈夫ですかね。
深津 大丈夫です、竹尾さんがスポンサーになっていただければ(笑)。「謎のメタマテリアルを作ろう」というプロジェクトを始めるのはどうでしょうか。
鈴木 シリコンが紙に染み込んだ「シリコン紙」みたいな。
深津 ローラーでプレスしてもいいんですけど、プレスするとPP加工みたいになってつまらないので、ブロック状にするとおもしろくなるかも。見たことのない何かができるかもしれない。
鈴木 きっと深津さんはそういう不思議なものをデジタルの世界でいっぱい作っているんですよね。
深津 常にリアルとセットになっているんですよね。単純にものが高いとか、片付けが苦手だとか、そういう様々なハードルの高さでリアルの世界にあまり出ていないだけで、物理の世界そのものは好きなんです。それに紙って、物理的な応用力が最も高いもののひとつですよね。僕にとっては粘土、レゴブロック、そして紙が、三大応用力が高い素材。書き込むも良し、下敷きにするも良し、ちぎっても良し、どろどろにしても良し。やたら応用性が高いマテリアルという感じ。
鈴木 おもしろいですね。深津さんにもっと物理の世界に出てきてもらえないかな。忙しい人だからアバターみたいになって日本中に出没してもらうとか。

 

仕組みにする人。ままにする人。

深津 もっとわけの分からないものを混ぜてみたいですね。そういう変な実験が好きなんです。金属工芸をやっていたときも、鍛金で作ったぐい呑みに光を偏光するナノコーティングを施す実験をやったりしていました。金属ってバーナーで炙ると段々と色が変わって、一瞬だけ虹色になって黒くなるじゃないですか。その虹色に変わる瞬間が欲しくて。鍛金した器をホットプレートに載せて少しずつ加熱していくと、銅なのに赤になったり緑になったりブルーになったりしてくる。その瞬間に取り出すとブルーの銅の器ができる。ただし、取り出しても温かいままなのでどんどん色が変わってくるから、5分後にどんな色になるのかを予測しないといけない。不思議で楽しい、でもまったく身にならない変な遊びですね。
鈴木 相当なアナログの世界ですね。この対談で、デジタルな領域ほど物理的なことを経験していないとものにならないと判明しました。これからのデジタル業界が心配になりますね。初めからデジタルの世界にいると、そういう訓練がないわけで。だいたいいつ頃までやっていたんですか?
深津 金属工芸は2019年くらいじゃないかな。
鈴木 最近じゃないですか。若い頃だけでなくて、現役だったんですね。来週くらいから個展とかやったらどうですか。この対談をきっかけにぜんぜん違う人になっちゃうとか。深津さんって、SNSとかを拝見すると難しいことを話されているので自分とは対極のように思っていましたけど、一緒ですね。
深津 なんか、一緒だと思いますよ。ルーツとして変な工作が大好きで、折り紙とかも好きですし。SNSでもたまにアップしていますが、折り紙でプリーツを作ったり。まずおもしろい現象があって、その現象のおもしろさを固定化できるタイミングはどこなのかと探しているんです。
鈴木 僕も仕組みに興味はあるんですけどね、なんでしょうね、仕組みを単純化しないでおこうと。
深津 逆ですね。複雑なものを複雑なままにしておく。
鈴木 紙というものと出会えたから抽出できた、みたいな。自然界のものごとを見て「すごいな」と思っておけばいいんですけど、それを紙で写し取ったり再現できるとさらに感動する。
深津 そこだけ聞くと近い感じがするんですよね。お化けの話をしている人とプラズマの話をしている人みたいな噛み合わなさ。同じものを話しているのに何か違う、みたいな。
鈴木 どっちがお化けで、どっちがプラズマなんでしょうか(笑)。

 

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