歴史と風土を漉く |
ざらりとした紙肌、やさしい褐色。
土地や植物の息づかいが聞こえてくるような
素朴な質感を携えたこのうちわは、
沖縄独自の紙で作られた「芭蕉扇」。
そのおおらかな佇まいの裏側には、
様々な人々の試行錯誤の物語が潜んでいました。
沖縄県で、その土地ならではの紙づくりをされる
坂 奈津子さんにお話を聞きました。
初出:PAPER'S No.68 2025 冬号
芭蕉扇
寸法:全長415×幅255mm
素材:芭蕉紙(和紙)、竹、澱粉のり
製造:沖縄 | 日本
『TSUTO』 https://www.tsuto.site/
紙の話
坂 奈津子(TSUTO)
琉球紙は、琉球王国の繁栄とともに誕生した紙です。元々は中国や薩摩から紙を輸入していましたが、王国の急速な発展で紙が不足したことから、薩摩藩で紙漉きの技法を学び、沖縄の植物を使って独自の紙作りを始めたのが起源です。琉球紙の種類は「芭蕉紙」、「青雁皮紙」、「百田紙」、「杉原紙」などがありますが、それらのいずれも、小さな島国の限られた自然環境をどのように活かすかを考えた、昔の人々の知恵の結晶だと思います。「芭蕉紙」の原料である糸芭蕉は民家の庭にも生えているような身近な植物で、繊維が強靭なのが特徴です。その硬い繊維を柔らかくするために長時間煮て、それを鋏で断裁し、さらに木槌で叩いてほぐします。紙漉きに欠かせないネリも沖縄ならではで、ハイビスカスの若い茎などを使います。私の場合、農家さんから育ちすぎたオクラをいただいて作ることもあります。琉球紙は明治時代に需要がなくなり、一度途絶えています。資料や文献も少なく復興させるのは大変困難でしたが、島根県の和紙職人である人間国宝の安部榮四郎さんと弟子の勝公彦さんの尽力によって再興を果たしました。しかし紙漉きの仕事だけで生計を立てることは難しく、現在、県内にいる職人はほんの数人だけ。私自身も手仕事の大変さと向き合う日々ですが、現代の暮らしやニーズに合うような紙の使い方を提案すべく、プロダクトや空間施工に取り組み始めました。
デザインの話
「芭蕉扇」は、熊本県の老舗のうちわ屋である栗川商店に協力をお願いして共同で開発しました。うちわの形状は沖縄に伝わる豊穣の神・ミルク神が持つ扇からイメージしたもので、うちわ職人の方と「もうちょっと竹が細い方がいいな」「長さはこのくらいがいい」などと試行錯誤を繰り返しながら完成させました。骨が少ないので繊維が透けて見え、芭蕉紙ならではの風合いを感じられるのが特徴です。さらに芭蕉紙は、空間にも映える素材です。荒々しい繊維の質感や優しい褐色が沖縄ならではの植物の風合いを空間に醸し出します。光の通し方も独特で、紫外線によって褐色が徐々に生成り色になっていく経年変化も魅力です。やんばるホテル南溟森室は土地の神様となったご先祖様の仏壇を守るために建てられた私邸を改装した宿で、集落の人々にとって重要なその仏壇を、沖縄で生まれた素材からできた芭蕉紙で丁寧に包んでいきました。芭蕉紙を未来につなげる可能性を示した事例でもあり、ご先祖様も喜んでくれたのではないかと思っています。最近は何百室もあるホテルの内装の依頼をいただくこともありますが、小さな工房で手作業で紙を漉いているため、そこまでの規模はとても手に負えないのが実情です。一方で、工芸は様々な人たちと一緒に働ける可能性のある仕事だとも感じています。例えば福祉・教育関係の方々と協働するなど、先人たちが再興し守り続けた文化を、今度は私なりの方法で築いていけたらと考えています。
やんばるホテル南溟森室|素材:糸芭蕉|施工:2022年8月 沖縄県国頭村にあるホテル。仏壇を守るために建てられた私邸を改装し、糸芭蕉で漉き上げた芭蕉紙で、仏壇全体を丁寧に包んでいる。 |