紙は、もうひとつの舞台。 |
小林さんの毎回の公演で、その斬新な舞台とともに
訪れた人々のイマジネーションをかき立てている
ポスターやグッズ類。デザインが完成するまでの
背景には、演者が舞台に込めた奥深い思想と
それを紙の上で体現しようとするデザイナーの熱意、
そしてオリジナルの製紙技術がありました。
初出:PAPER'S No.44 2013 夏号
※内容は初出時のまま掲載しています
アートディレクターの話
水野学さん(good design company)
ポスターづくりはいつも小林賢太郎さん(ラーメンズ)との雑談から始まります。公演の内容を聞きながら「最近こんな面白いものを見つけたんだ」「それいいね!」なんて話しているうちに自然と方向性が見えてくるんです。実作業においては、ポスターが空間に与える影響力を強く意識しています。ポスターって平面のように見えても実際には何万分の一の単位で凹凸がありますよね。だから内容よりも三次元の立体物として、貼られた空間や人の感性に及ぼす影響が大きいと思うんです。そこで鍵になるのが紙の選択。最も重要なのは、小林さんが舞台に立つ感覚を紙でも表現すること。彼はテレビやウェブなどの二次的な媒体を介さず、必ず生身で演じますから、紙にも手触り感や本物感が必要なんです。公演「ロールシャッハ」のポスターにはトーメイ新局紙を使いました。適度な透け感と墨のマットなのり具合が決め手ですが、確定するまでに数十の紙を検証しています。校正もこれだと思えるまで10回くらいは出したんじゃないかな。フライヤーは合紙しています。「ロールシャッハ」には「正義の反対は悪ではなく、もう一方の正義である」という印象的なセリフが出てきます。つまり「世界って両側から見ないといけないね」という話なんですね。そんな舞台上の思想を紙面でも体現するために透明紙や合紙という手法を選んだんです。白と黒の二種類があるのは公演が2回あったから。白が初演で黒が再演です。公演「P+」のグッズはポスター撮影のために制作したチケット類をシールにしたものですが、ひとつひとつに何十パターンもの検証を重ねています。あまりに数が多くて、会議室が紙で溢れかえってしまいましたが(笑)。デザイナーは紙オタク、印刷オタクでなければいけないと思っています。オタクって負けず嫌いのことですから、いいものに仕上がるまで絶対にやめない。手間はかかりますが、自分たちが大変かどうかはいちばん最後。ファンの人たちがポスターを見たとき「いいなあ」と思ってくれることが最も大切なことですから。
製紙会社の話
内藤英也さん、漆畑明子さん(特種東海製紙株式会社)
一般的な透明紙は印刷に向いていないことが多いです。そこで印刷してもピシッときまる透明紙をつくろうと竹尾さんと開発したのが「ロールシャッハ」のポスターで使われたトーメイ新局紙です。そもそも紙の白さというのは、紙そのものではなく紙の中にある空気の白さなんですね。例えば透明な紙の代表であるグラシン紙は、パルプ繊維を細かく砕いて、繊維間の隙間をつぶして空気を追い出すことで透明性を出しています。繊維を傷めているため、寸法安定性が悪く印刷も難しいのですが、トーメイ新局紙では、樹脂含浸して透明性を出しているので、寸法安定性が損なわれず印刷もしやすくなっているのです。製紙会社である我々は、デザイナーの方と直に接する機会はほとんどありません。だからこれらのポスターが相当な試行錯誤の果てにつくられていると知ったときにはとても驚きました。そんな努力に報いることができるような、他の会社にはつくれない独自の紙をつくっていくことが我々の役割だと思っています。